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点子がゆく

映画や自転車や温泉の話をするブログです。

わかるということ

午前十時の映画祭で『アフリカの女王を観た。
音楽がドラマチックで、これからの話のメリハリや役者の感情の変化をあらわしてくれた。
ストーリーがわかりやすく、テンポが早く、観客を飽きさせない。キャサリンヘップバーンの目力がしっかりしている。ほぼ2人芝居のシチュエーションで役者の表情や、ちょっとした仕草、顔のアップで心の動きがわかる。
これってオーバーな演技というのかな。
作り物といってしまえばそれまでだが、
エンターテェイメント性は高いと思う。
そんなのが古臭からアメリカンニューシネマやヌーベルバーグがうまれたのかもしれない。 

話の流れがわかると観る者に不安にならずにすむ。観客に余分な労をかけずにすむ。
わかりやすさはストーリーだけに限らない。
映像の美しさや観ていて心地よさを感じる作品もある。

抽象画をよく「わからないか」と言う人がいる。抽象画の所に来ると、そそくさと歩き去る友だちがいる。絵は感じればいいと思う。

絵画の場合は一つの作品という単体だ。
絵の前に観客がいて、絵と対話する。
展覧会で一筆書きみたいに入り口から出口まで一つ一つ観るのもいいが、さーと見渡しピピーンときたものとじっくり付き合えば気が楽だ。
映画の場合は連続性のものだから、はじめから終わりまで続けて観てはじめて一作品と言える。

私は時々映画を観ながらウトウトすることがある。かと思えば、今日は疲れているから途中で寝ちゃうかもしれないけど、いましか時間がないからと、映画館に入るが、一睡もせずに、ずっと見続けられることもある。
私が寝ちゃう映画は私にとっては退屈な映画であるかも。作品の良し悪しは置いといて、私に合わない作品かもしれない。

映画や絵画を比較する上で、各々の特性の違いがあるから、一概には言えないが、観た映画を振り返ると時間が過ぎると、「はて、どんな筋だったか」と思う作品もある。
ストーリーはおもいだせないが、「なんか、あの作品良かったのよね。」という作品もある。心地よさを感じる作品もある。
絵画にしても映画にしても、「わかる」ことで作品を理解した気になったり、作品との距離が縮まる。
でも、わからなくても「感じる」ことが
楽しめる。
言いたいこといってたら、何だか頭がこんがらがってしまったが、『アフリカの女王』はわかりやすい映画だった。